第23回 文学フリマ東京 新刊サンプル

前回の記事に書いたように11月23日に行われる文学フリマ東京に参加します。

スペースは エ−52 です。 

 

toubako.hatenablog.com

 

 

以下、新刊『半夏生』のサンプルです。

夏の話、七年前高校時代に死んだ友達が忘れられないほぼニート女子と、同じく七年前妹を亡くした17歳フリーター女子が思い出話したりふらふらほっつき歩いたりする話です。

 

 

半夏生

 

 図書館に行った帰りはその後の予定がなければいつも同じ道順で散歩をする。今の私はたいてい暇だから、そのまま一番近い駅から帰ることはあまりない。初めの頃は何パターンかあったルートも、このところは彼女と一番多く歩いたものに落ち着いた。七年半でもう何度歩いたか知れない。

 図書館を出て南に進み駅を通り越す。欅の木立が途切れると急に蝉の声が遠くなる。蝉は毎年いつの間にか鳴いている。鳴き始めるのってこの時期だっけ、と毎年思う。高校の修学旅行で沖縄に行った時、6月始めだったのに蝉の声がして驚いた。まるっきり違う気候の場所なんだと自分の住んでいるところとの距離のことを考えてみたけれど、日本地図を思い浮かべても左端の方でてんてんと連なっている小さな島々はそれぞれがどのくらいの距離隔てられているかや、主要都市までどのくらいあるのかを考えても実感がわかない。海の近くに住んでいれば、海の距離が分かるようになるのかもしれないと思った。

 駅裏に生えているメタセコイヤの先っぽだけが駅舎からつんつん出ている。片側5車線あるだだっぴろい五叉路を信号と歩道橋で乗り越える。歩道橋は駅向こうの公園に向かう男の子たちが走って揺れた。虫取り網を持っていたけどあんなところで捕まるのはアブラゼミくらいな気がする。保育園に通っていた頃、蝉の抜け殻を集めるのが好きで透明なプラスチックのケースを母から貰っていっぱいになるまで詰めて玄関に飾った。抜け殻は動かないから捕まえやすくてよかった。抜け殻の目玉が油を塗ったみたいに綺麗でそこが一番好きだった。目玉は小さいから目玉のつるつるだけ触ろうとしてもそれは無理で、ついでに口元の毛が生えている部分も指に触れた。目玉が油を塗ったみたいだからアブラゼミと言うのだとつい最近までそう思っていた。

 澄沙とこの道を歩いたのは丁度今の時期から十二月までで、いつも古本屋と饅頭屋に寄って最後に駅前のドトールで本を読んで帰った。澄沙は何か気になる草とか花とかを見つけるとすぐ触ったりちぎったりするから、細かい道順は澄沙の興味が向いた方向でその時々で違ったけれど、古本と饅頭とドトールの三つは絶対だった。一人で歩くようになり二年経った時に、潰れないと思っていたドトールが潰れて、古本屋と饅頭屋が潰れないのが不思議だった。澄沙は店前の50円のワゴンしか見なかったし饅頭じゃなくてすあましか買わなかった。店内の棚をちゃんと見てずっと欲しかった詩集が見つかったのも、餡子の入った饅頭を買ったのも一人で歩くようになってからだった。饅頭屋で私はいつも何も買わずに澄沙に着いていくだけだったのを、店の人はどう思っていたのか後になって考えた。あの頃は、いつだって自分のことが一番大事で、他人からの目線とか周囲の多数派とかに、合わせようという気が起こらなかった。周りへの気遣いを皆が無意識にしていることすら分からなかった私は、自分と、自分の好きなものしか大切に思えなかった。他人への興味が薄かったせいよりも、ただ単純に自分の行動が他人やその場に影響を及ぼすことが分からなかっただけだった。

 今日みたいな直射日光が暑い日にでも日傘なぞささずにこの道を歩いた。さすがに日陰があるとそこを歩いたが、夏は真昼の日焼けする日差しと夕方のぬるい橙のどちらかに私たちがいた。いつも図書館の帰りだったから朝には歩かなかった。私が右を歩いて澄沙が左を歩いた。夏の、夕暮れの長い光を背に逆光になった澄沙の横顔は、輪郭の細い髪がきらきらして美しく私は好きだった。夏休みに髪を脱色して金色にしていた時は尚更綺麗で、学校が始まる時に戻してしまうのがもったいなかった。初めてその髪を見た時は誰だか分からなくて話しかけてきた澄沙を睨め付けて「似合わない」と言ってしまったけれど、それはただ目が慣れていなかっただけでしばらく経つと彼女の白い肌にぴったりなことがよくわかった。図書館の自習室で唐突にそれに気がついて「よく見たら似合う」と伝えると、「おそい」と言って丸めたノートで頭をぽんと叩かれた。こそこそじゃれ合っていたのはうるさかったらしく、近くに座っていた同い年くらいの女の子にきっと睨まれた。

 

 

 澄沙は歩いている途中でよく私を写真に撮ったけど私は彼女のことを撮らなかった。そもそもカメラを持ち歩いたりしなかった。でも澄沙が撮った写真はあまり見たことがない。今もどこかに残っているのだろうか。彼女の写真が一枚もないのに、今、少し後悔している。

 中学に上がるまで住んでいたマンションの間取りを思い出すのに少しづつ時間がかかるようになったのは高校二年の時で、たかだか四年で十年以上ほぼ毎日過ごした場所の記憶が薄らいできたのに戸惑った。しかしよく考えると、自分は何に関しても忘れっぽいことに気がついて、済んだことはどうでもいいことと頭のどこかで思っているのかもしれなかった。小さい頃のことを思い出してもそれが本当に自分の身に起こったことなのか自信が持てない。そんな風に感じてしまうと、その記憶の内容は作り話や私でない誰かの経験なんかと違いがないように思えた。澄沙に手紙を書くようになったのは定期的に彼女のことを思い出していかないとあんなに大切に思っていた人まで忘れていってしまうと思ったからだ。澄沙の顔や声はどんどん忘れてきていて、もう見ることができないのだから、これからも忘れていくしかできない。せめて一番好きだった彼女との会話の感じだけ覚えていたくて、報告したいこととそれに対する澄沙の返事を考えて紙に書いている。澄沙の言葉を私が考えているから、手紙とは言えないのかもしれないけれど、私はここが好きで、私が澄沙を忘れないようにするために、これまでの思い出の他に、今彼女が居たら起こりえたかもしれないことも作り出していきたかった。

 図書館前の駅からでも私たちは家に帰ることができた。そうせず、わざわざいくつか離れた駅まで歩いていったのは、寄り道の為もあるし図書館前から地下鉄に乗ってもその離れた駅、千早で乗り換えをしなければならなかったからだ。それに千早からだと定期券が使えたから電車賃がかからなかった。澄沙の高校は私の高校と同じ路線の4つ離れたところだった。学校の帰り道によく見るそこの夏服は空色のセーラーカラーにグレーのスカーフで可愛く人気があった。多くの生徒は白靴下を三つ折りにして茶色のローファーを合わせていた。今も変わらずその格好の女子生徒が歩いている。いつの間にか共学になったらしいけど男子生徒の制服がどんなであるのか知らなかった。

 私たちが居たドトールは建物から取り壊され、新しい三階建ての雑居ビルになった。建物は綺麗なのに元からそこにあるようで、ドトールでなくなっても私はそこが好きだった。テナントは一階が輸入物の雑貨屋、二階が古着屋、三階が喫茶店で三店舗とも内装に飴色の木材が使われていて、できた時から所々すり減っている部分があった。一階と二階は、どこかで誰かに使われていたものをここで次の持ち主に手渡すところだから、その内装はぴったりだと思った。表に小さなプレートしか出していない喫茶店は三階まで上がってくるのがみな億劫なのかいつ行ってもあまり人は居ず、一番安いコーヒーが250円なのが良かった。一人掛けのソファもあったけれどテーブルが低かったので座ったことがなかった。図書館からの散歩の終点に私はよくそこに行く。コーヒーだけ頼んで澄沙に手紙を書く。ビルができて四年経つ、その前はドトールで書いていた。散歩が終わった後にしか書かないけれど、それでも今は結構な分量になっていた。宛名は便箋の一番上に「舟木澄沙」一番下に「多屋みのり」紙は5ミリ方眼のレポート用紙。出すあてのない手紙はファイルに挟んで本棚にさしてある。読み返すことはめったにない。

 

 

 その日は閉館三十分前のアナウンスを聞いたから七時半までは図書館に居たことになっていて、七時過ぎるまで図書館に居るときはもう散歩はしないのが常だったけれどその日はした。それは彼女に手紙を書きたかったからで、家に帰って書けばいいのだけれどそうしたくなくて、というか経験上それが出来ないから早足で千早に向かった。夏でも八時近くだとさすがにもう暗くなっていて、夜は滅多に歩かないその道に電灯がほとんどないのに初めて気付いた。すれ違う人は学校帰りの中高生だけで、騒がしい繁華街から少し距離があるこのあたりはファミリー向けのマンションがいくつも建ち始めていた。小走りで誰かが近づいてきて、水色のセーラーに抜かされた。夏のにおいがした。

 古本屋も饅頭屋ももちろん閉まっていたけれど、いつもの喫茶店は開いていた。もしかしたら閉まっているかもしれないと思っていた。閉店時間が九時であると確認しコーヒーを注文した。客は私しか居らず、キッチンの中にいつも居るおばさんと、バイトの女の子と私しか居なかった。コーヒーが来る前から手紙を書き始めた。ペンケースの中からシャープペンを取り出す時のじゃらじゃらいう音がやけに響いた。手紙用のレポート用紙は図書館に行く時は常に持っている。宛名と、今日読んだ文芸誌に澄沙が楽しみにしていたシリーズの新作が載っていた、と書き出す。

七年間音沙汰がなかったものが急に動き出したのが楽しくて楽しくて、澄沙は絶対興奮すると思う、色んなこと忘れてるけど読んでて楽しい

みのも楽しいんだ、苦手そうなのに

読むと意外と楽しかった、澄沙が読んでなかったら読んでないよ

私の言葉と澄沙の言葉とを書き連ねていたらコーヒーが来た。文面から目を離さずに礼を言った。ウェイターの子は「九時までです」と小さい声で呟いて、それに対して小さく頷いて返事をした。

 手の文字に頭で思い浮かぶ会話が追い付かないのがもどかしい。手が遅いから言葉が逃げていく気がする。集中して紙の半分ほどが埋まったところでふと、気持ちが途切れた。コーヒーに手を付け休憩をする。いつの間にかさっきのウェイターの子が少し離れたテーブルでナポリタンを食べていた。フォーク一本で太い麺を器用に巻き上げ大きい口で、見ていて気持ちのいい食べ方だった。しばらく見ていたら一瞬目が合って、その子は反らさずにもぐもぐしながらこっちを見ていた。少し気まずくてすぐに目をそらした。自分が空腹なことに気付いたけれど、あと三十分でここは閉まるし早く切り上げて何か買って帰ろうと決めた。ぬるいから冷たいの間のコーヒーを一気飲みして帰る支度をした。女の子はナポリタンを食べ終わってて、レジの横で何やら作業をしていたところに私は伝票と共に五百円玉を差し出した。ぽつぽつと五百円お預かりしますとかなんとか言って、おつりをくれた。財布に小銭をしまう時「あの」と声をかけられた。「死んだ人に手紙書いて、楽しいですか」と彼女は言った。

 瞬間、何で分かんの、と思うのと同時に怒りが胸の中に広がった。それまでいい気分でいたのに全て消し飛んだ。何が分かる、と思った。あなたに何が分かる、これは私の持ち物だ、と。とっさに「死んでないよ」とそんな言葉が口をついて出た。自分の声が変な風に震えていた。

 

 

続きは会場で…

ここにあげたのと若干の加筆・変更がある可能性もあります。

※11/22 決定稿に差し替えました

 

完全に余談ですが、最近プリパラにはまっていて、今回の話に出てくるけれど話の中では死んでいる人物の名前をマイキャラちゃんに付けていて、書いているなかでは死んでいるのに(というか自分が殺してるとも言う)プリパラの中ではアイドルしててどんどん可愛くなってる!!と楽しいです。余談おわり。

 

 

それでは当日、よろしくお願いします。

 

原稿に戻ります……